仏の世界(名僧)

一遍上人(いっぺんしょうにん)とは?空也(くうや)との関係は?

はるか昔のことです。

さあ、朝までおどりましょう。

何もかも忘れて、踊り明かしましょう。  

そんな踊りが流行った時期があります。  

今の時代、こころがストレスで満たされている時代だからこそ、心を空っぽにして、ただ踊ることも必要なのかもしれません。

そんな流行をつくった、一遍上人の生涯と踊念仏とは何か?、そして影響を与えた空也上人について調べましたので、最後まで読んでいただけれと嬉しいです。

それでは、どうぞ!

一遍上人(いっぺんしょうにん)とは?

一遍上人は、伊予(いよ)国(現在の愛媛県)の道後(どうご)に生まれました。

道後温泉がある場所ですね。
三階建ての温泉で、とにかくレトロ感満載!湯上りのオレンジジュースも最高です

その地域で育ちました。

家柄もすごくて、祖父の時代から鎌倉幕府の実力者という家系でしたので、いわゆるご子息的な身分と言えます。

ところが、1221年に承久の乱(じょうきゅうのらん)が起きて、その影響で没落しました。

今まで、鎌倉幕府に仕えていたのに、朝廷側についたからです。

承久の乱とは、鎌倉幕府の源氏の血筋が途絶えようとして、朝廷が力を取り戻そうとしましたが、頼朝の奥さんである北条政子が号令をかけ、反撃して戦いを制した事件のことです。

そして、時は経ち、一遍が10歳の時です。

お母さんを失い、悲しみの中、出家をしました。

 
13歳で大宰府(だざいふ)の聖達(しょうたつ:法然の孫弟子)に弟子入りし、修行を積み浄土教(じょうどきょう)を徹底的に学びました。

その後に、九州の大宰府(だざいふ)や信濃の国の善光寺(ぜんこうじ)や地元伊予(場所的には、現在の松山市)にある窪寺(くぼでら)で3年ほどの修行を重ね、阿弥陀仏のさとりと衆生の救済は同時にあるべきもので、これを可能にするのは、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)という名号しかないと悟りました。

これを、十一不二(じゅういちふに)と言います。

十一不二とは?

ちょっと、難しい表現ですが、以下が原文です。

1.十劫正覚衆生界(じっこうしょうがくしゅじょうかい)

2.一念往生弥陀国(いちねんおうじょうみだこく)

3.十一不二証無生(じゅういちふにしょうむしょう)

4.国界平等坐大会(こっかいびょうどうざだいえ)

簡単に言います。

1.十劫正覚衆生界とは?

遠い昔(十劫)に、法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)が悟りを開きました。

悟りを開いて、阿弥陀様になられました。

その時に、大衆も往生できることが可能となり、往生できると阿弥陀様は約束されました。 

2.一念往生弥陀国とは?

大衆が阿弥陀様を信じ念仏を唱えれば、阿弥陀様のいる浄土に行くことが出来るという意味です。

3.十一不二証無生とは?  

十は、十劫正覚衆生界のこと、一は、一念往生弥陀国のことです。

昔、法蔵菩薩が悟りを得て仏さまになったのと、大衆が念仏で往生する(阿弥陀様のところへ行く)こと(十と一)とは同じことであると言っています。

4.国界平等坐大会

阿弥陀様のいる世界とこの世は繋がっていて、仏さまも大衆も常に一緒にいるという意味です。

簡単にいうと、あなたの心の中に、常に阿弥陀様はいるということです。

細かく表現すると、不可分・不可同・不可逆です。

つまり、自分と阿弥陀様は分けられないけど、同じではなく、阿弥陀様の位置づけは自分より上位にあるという事です。

私も阿弥陀様、あなたも阿弥陀様(笑)

それから、36歳で伊予を離れ、諸国遊行の旅にでて、一般の人々に念仏をすすめてまわり、一所不在の生活を送りました。

一遍は、同じく民衆に念仏を広めた遊行僧の空也を理想としていました。

その空也は、あるとき往生(おうじょう)する方法を問われ、捨ててこそと答えました。

この一切の執着(しゅうちゃく)を捨てよという、空也の教えを守った一遍は、家族を捨て、弟子もとらず、寺もかまえず、ひたすら諸国をめぐって念仏を広めることに専心しましいた。

その時に、捨聖(すてひじり)、遊行上人(ゆぎょうしょうにん)と呼ばれました。

しかし、どんなに教えを説いても。それを拒否されたらどうするかという悩みは、常についてまわりました。  

ある日、熊野へお参りに行った時のことです。

行き交う人に、南無阿弥陀仏と書いた札を渡していて、あるお坊さんに渡そうとしたら、私の信じている仏さまではないので、お札は受け取れないと言うんです。

それで、やはり一遍上人も人間です。

悩むんです。

良い事と思ってお札を配ったことが、果たして良い事だったのか?

悩むんです。

そこで熊野権現に教えを請うと、すでに人々は阿弥陀仏の名号によって救われているという、信不信、浄不浄を問わず、ただ教えを広めよという夢告を得ました。

法蔵菩薩が申し誓いを成就した時に、阿弥陀様になり往生は決まっていた。

同じ様に、このお札を持てば、持った時にすでに往生は決まっているということです。

これは、信仰の有無に関わらず、阿弥陀仏は救ってくださるので、迷わずお札を配り、教えを広めよという意味でした。

それが、六号名号は一遍の法なり、十界の依正は一遍の体なり、万行離念して一遍を証す人中上々の妙好華(みょうこうげ)なり、という言葉で、頭文字をとった、

六十万人偈(ろくじゅうまんんいんげ)と呼びます。

六十万人偈とは?

これも、書いておきます。

1.六字名号一遍法(ろくじみょうごういっぺんほう)

2.十界依正一遍体(じっかいえしょういっぺんたい)

3.万行離念一遍証(まんぎょうりねんいっぺんしょう)

4.人中上々妙好華(にんちゅうじょうじょうみょうこうげ)

1.六字名号一遍法とは?

南無阿弥陀仏の6字の名号は、あらゆる仏さまの教えを凝縮した絶対の真理という意味です。

2.十界依正一遍体とは?

この世の生きとし生けるすべてのものは、善悪すべてが、この名号に照らされた時に、その身は仏さまにつつまれて一体となることです。

3.万行離念一遍証とは?

すべての仏道修行は名号に含まれているので、名号さへ唱えていれば大衆は極楽浄土へ行ける(悟りを得ることができる)という意味です。

4.人中上々妙好華とは?

名号を唱えて、悟りを得た人こそ、この上ない善人で、咲き誇る白い蓮華の様な輝きを人に与える人という意味です。

まさに求めていた答えであり、賦算(ふさん)という、独自の布教方法を考え付き、時宗という宗派を開きました。

賦算とは、小さな紙片に、南無阿弥陀仏 決定往生六十万人という名号を書いた札を配り歩く、一遍独自の布教活動です。

もちろん、六十万人偈の言葉を使っていますが、当時の日本国内は60か国ありましたので、60か国の人の幸せを願って書いた札とも言えます。

今で言う、広告のビラ配りと同じようなものですが、一遍は配る時に、この名号札そのものに絶対的な力があると説いたため、人々は救いを得ることができる証拠品として、大事に受け取りました。

こうして、全国を遊行するうちに、慕う人々(時衆)があとに続くようになり、さらに踊り念仏がプラスされた布教スタイルが完成。その人気は、鎌倉、東海道を経て、京に上がったときに頂点に達しました。

遊行とは?

ちなみに、遊行と旅行の違いについてもお伝えします。  

旅行とは、目的地があり、人にあったり観光したら家に帰ります。

目的が終わったら、GO HOMEです(笑)

ところが、遊行は修行なので、帰る家はありません。

いわゆる行きっぱなしです。

簡単に言えば、ご縁に任せて、行き当たりばっちりな人生の旅といえます。

踊り念仏とは?

踊り念仏とは、念仏を称えながら鉦(かね)や太鼓を叩き、集団で踊るものです。

この布教方法は世の注目を集め、それ以降、手と足を振り上げて踊っているような姿で念仏を称える踊り念仏が広まりました。

一遍上人が残した書物は一切ないので推測ではありますが、この踊りは、日本の伝統的な祖先の霊を鎮めるという意味もあったのではないと思います。今でいう盆踊りもその名残ではないでしょうか?

そして、東北から四国、九州まで全国各地をまわり、一遍が名号札を配った人数は25万人と推測されます。

その後、念仏僧や遊行僧ゆかりの寺をまわり、兵庫観音島にいる時に51歳で亡くなりました。

亡くなる時に、持ち物をすべて焼き捨て、骸(むくろ)は野に捨てて獣に施せと言い残したそうです。

一遍上人(いっぺんしょうにん)とは?空也(くうや)との関係は?

踊念仏は、もとは空也が始めたものでした。南無阿弥陀仏の名号を唱えることで、すべての人が阿弥陀仏に救われるという約束を信じて、その喜びのあまり自然に体が踊りだしたと言います。

また、捨ててこそ!という空也上人の言葉を一遍上人は受け継ぎました。

こまかくいうと、次の言葉が残っています。

念仏の修行をするものは、智慧も愚痴も捨て、善悪の境界も、貴賤高下の道理も捨て、地獄を恐れる心も捨て、極楽へ行きたいと思う心も捨て、それぞれの宗派で悟ったことも捨て、一切のことを捨てた上で、唱える念仏こそが、阿弥陀様の願いにかなうものである。

まさに断捨離(断捨離)の世界ですね。

心のお掃除をして、こころが空になった時に、阿弥陀様の願いで心が満たされるという意味だと思います。 

でも、私だったら、さすがに愛する家族は捨てれません(笑)。

念仏とは?法然・親鸞との考え方の違いとは?

一遍が宗教上の理想としていたのは、浄土宗の教えです。

中でも、口称(くしょう)念仏による悟りの境地でした。

浄土宗といえば、法然、親鸞、一遍と繋がりますが、念仏に対しての捉え方は、3人とも違います。

法然の教えは、さとりに至るいくつかの方法の中で、特に念仏を選び取った選択(せんちゃく)念仏。

親鸞は、阿弥陀仏への信心が起きた時にすでに救われると説きます。

一遍は、南無阿弥陀仏という名号そのものに絶対的な力があると説きました。

したがって、民衆の信・不信や浄・不浄は関係ない。

ひたすら、名号を唱えれば、阿弥陀仏と民衆と名号が輝然一体となり、そこに救いの世界がありました。

一遍上人はこうした信仰を、名号を配る賦算と踊念仏で広めようとしたのです。

一遍上人とは?~まとめ~

いかがでしたか?

一遍上人とは?まとめてみました。

1.一遍上人は、伊予の道後生まれ。

2.10歳の時に出家する。

3.13歳で大宰府の聖達に弟子入りする。

4.南無阿弥陀仏という念仏(名号)しかないと悟る。

5.遊行し、お札と踊り念仏で大衆の救いを広める。

6.兵庫観音島にいる時に51歳でなくなる。  

一遍上人の人生は何であるかと、一言で言えば、捨てることで何を得たかです。  

たった一つの信念(踊念仏)のみをもって、人生を全うする。

 
こういう人生も素敵だと思いました。

私はできませんが(笑)

最後までお読みいただきありがとうございました。

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